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極楽とんぼ

極楽とんぼは、吉本興業に所属していたお笑い芸人の二人組で、北海道小樽市出身の加藤浩次と広島県広島市出身の山本圭一で構成される。結成当初は三人組(トリオ)でした。1989年に結成。めちゃイケで共演しているナインティナインは後輩にあたる。また、同年齢の雨上がり決死隊(加藤は宮迫博之、山本は蛍原徹と同じ)は先輩にあたります。

2006年7月19日午後、山本が起こした一連の事件を受けて吉本興業が記者会見し、山本の芸能活動停止(契約解除)、及びコンビ解散が発表された(ただし、コンビ解散は吉本興業側から発表されたもので、加藤は「解散は自分と山本が決めること」と解散を否定している)。なお、加藤浩次は芸能活動を継続します。
暴力的で破壊的で下ネタが多い芸風で、圧倒的に若年男性ファンが多いコンビ。それだけに、ファンからは支持を得ていたが、嫌いという人も多く、賛否両論。

二人が出会ったのは、1989年2月に佐藤B作が主宰する劇団東京ヴォードヴィルショーの研究所で、加藤・山本と同期だった櫻庭博道と三人でコントのようなものをやっていた。その後、劇団研究所の学費滞納などもあり、加藤・山本は退団、櫻庭は劇団に留まり俳優として現在も活躍している(なお、櫻庭は2006年6月に劇団を退団してフリーで活動中)。劇団東京ヴォードヴィルショーを退団後、吉本バッタモンクラブの第1期オーディションに合格しデビューしました。

グループ名の由来は、当時山本の出した「なまけものブラザーズ」という名前の案が気に入らず、「極楽とんぼ」という名前にしたかった加藤は、「実は、松田優作のお墓の後ろに『極楽とんぼ』と書いてあるのはあまり知られてない」という根も葉もない嘘をつき、それに興奮した山本が同意し、現在のコンビ名となりました。

ヴォードヴィル所属時に、公園で練習している光景がニュースで取り上げられたことがある。

2004年春、TBSラジオ『極楽とんぼの吠え魂』(毎週金曜深夜25:00~27:00)の中で、山本が加藤の巧みな話術にはめられた形で大量のリスナープレゼントを自腹で放出したことがきっかけとなり、山本は「たまらん兄さん」という新たなキャラを獲得しました。

また、歌手の鈴木亜美に自転車をプレゼントし、気をひこうとするが、デートは母親や妹同伴と、信用されていなかった。番組内で糞太郎ことよゐこの濱口優とどっちが本当に鈴木亜美を好きか投票する企画が行われ、両者の演説のあとにリスナーが投票した。また鈴木亜美本人も投票に参加し、鈴木亜美票は100票換算と決めた結果見事、山本が当選。極楽とんぼの吠え魂(ほえだま)での公式な見解として、糞太郎(濱口)より山本のほうが真の鈴木亜美ファンということになりました。

東京スポーツはこの時間枠(月~金の25時~27時帯のJUNKという枠)をニュースソースとすることもしばしば。山本のチン事件や女性との不祥事などの事件がかさなり、極楽とんぼの危機であるということから、加藤は本来はあまり公開したくない結婚や出産などをテレビでネタにして好感度アップを図ったとされている。加藤の絨毯訴訟の顛末もラジオで語られ、リスナーからも好評でした。

なお、解散直前での2人のピン活動としては、加藤の方が多く、山本の方は数少なくなっていた。

また、山本は2005年9月9日放送、ウッチャンナンチャン司会の番組、『史上最強の人間ドック"ザ・快傑ドクター3"』で「寿命・あと3年」と診断され、ショックを受けた。その後にやった『極楽とんぼの吠え魂』で、オープニングトークから加藤にけちょんけちょんにされた。更に山本はラジオの生放送中に加藤がハマッてるという脳力トレーニングソフトをやりだしたが、結果が散々なものでまたショックを受けました。

2006年7月16日、山本が茨城ゴールデンゴールズの一員として、北海道函館市に遠征中、17歳の少女をホテルに連れ込み酒を飲ませた上乱暴したとして、7月18日に所属する吉本興業を解雇され、7月19日に茨城GGの萩本欽一監督が解散まで示唆する(後に撤回された)という、大不祥事を起こした。相方の加藤が、司会を務める朝の情報番組『スッキリ!!』の19日放送の冒頭で涙を流しながら、ファンや関係者に謝罪した。また、同日に吉本興業が会見で極楽とんぼの解散を発表した(会見に山本本人は現れていない)。
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