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中村 隼人

中村 隼人(なかむら はやと、1975年8月22日 - )は長崎県出身の元プロ野球選手(投手)です。右投右打。 長崎日大高校3年時の1993年に、春夏連続で甲子園に出場し注目される。
創価大学、本田技研を経て、2000年にドラフト4位指名を受けて日本ハムファイターズに入団。

2001年6月2日の対オリックス・ブルーウェーブ戦(神戸)では、プロ27人目、パ・リーグの新人では20年ぶりとなる初登板初完封勝利を記録。この年、3完封を含む6勝を挙げた。翌2002年も先発ローテーション投手として7勝11敗の成績を残しオールスター出場も果たすが、2003年は伸び悩み、わずか4試合の登板に終わる。

2004年もシーズン途中までファームでくすぶっていたが、6月に河本育之投手とのトレードで読売ジャイアンツに入団し心機一転。中継ぎとして前田幸長、岡島秀樹、ブライアン・シコースキーとともにセットアッパーとして38試合に登板、2勝1セーブ、防御率3.79をマークする。

2005年10月4日、球団から戦力外通告を受け退団する。トライアウトを2度受験するも獲得球団なし。同年末スポーツニッポン『惜別球人』コーナーで今後経営コンサルタントを目指し再出発すると紹介された。

2006年4月24日、千葉熱血MAKINGに入団し、都市対抗野球大会1次予選で登板するも思うような投球内容ができず途中降板が続く。同年5月、千葉熱血MAKINGを退団し、台湾・兄弟象隊に入団。同年7月兄弟象隊退団。2試合0勝0敗0セーブ。防御率10.8。

2006年10月中旬の東北楽天ゴールデンイーグルスの秋季練習に参加することが明らかに。投手力を求めるチームに認められるかが期待される。


中村隼人は1975年8月生まれだが、1951年に人名用漢字が告示されてから、子供の名前に「隼」の字を使用することは認められていなかった。どうしてもこの字を名前に入れたい両親が裁判を起こし勝訴。人名漢字制限後では初の「隼人」となった。「隼人」という名前の野球選手では、福岡ソフトバンクホークスの寺原隼人投手(1983年生まれ)も有名。
登録名は、ルーキーだった2001年は「中村隼人」だったが、翌2002年からは「隼人」。2004年シーズン途中に読売ジャイアンツに移籍すると本名の「中村隼人」に戻した。
弟の中村北斗はサッカー選手(MF)で、国見高校時代には全国制覇も経験している。(現:アビスパ福岡)
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