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宮里 藍

宮里 藍(みやざと あい、1985年6月19日 - )は、沖縄県国頭郡東村出身の女子プロゴルファーである。愛称は「藍ちゃん」。サントリー所属。血液型B型。 宮里家は3人兄弟の家族で、藍は末の妹である。「藍」の名前の由来は父が辞書で調べると最初の方に出てくる名前でトップがとれるようにという理由とのこと。次兄の宮里優作が、仙台市にあるゴルフの名門・東北福祉大学在学中に「日本学生ゴルフ選手権」で3連覇するなど活躍していたこともあり、藍も優作を追う形で沖縄を出て、仙台市にある東北高校に進学した。宮里藍は、高校在学中のアマチュア時代からプロトーナメントに参加し、上位に食い込む活躍を始めた。高校3年の時に、地元仙台で開催された「ミヤギテレビ杯ダンロップ女子オープンゴルフトーナメント」で優勝し、2003年10月にプロ宣言をする。こうして彼女は史上初の高校生プロゴルファーとなった。長兄の宮里聖志は、2004年12月の「アジア・ジャパン沖縄オープン」でプロゴルファーとしての初優勝を果たしている。

2004年11月の「エリエールレディスオープン」で優勝し、年間獲得賞金額が1億円を突破。国内女子ツアーでは不動裕理以来2人目の快挙を達成した。この年賞金女王は逃したが、ツアー5勝を挙げ、賞金ランキング2位に入る。2004年日本プロスポーツ大賞新人賞を受賞する。男子も含めゴルフ人気は長く低迷していたが、宮里藍のライバルの横峯さくらとともに女子プロゴルフ界のニュー・ヒロインとして注目され、テレビ中継の視聴率が10%を超えるなど貢献した。

2005年2月11日~13日、第1回ワールドカップ女子ゴルフ(南アフリカ)に日本代表として出場し、韓国・アメリカ・オーストラリアなどの強豪国を抑えて優勝した。最終日はそれまで絶好調でチームを引っ張ってきたペアの北田瑠衣が終始不調であったが、それを補って余りあるバーディーラッシュを見せた。(ただし、この大会に世界最強のアニカ・ソレンスタムは出場しなかった。)

メジャー大会では、初挑戦だった2004年7月末の全英女子オープンは予選落ちするも、翌2005年には11位タイでフィニッシュ、2006年の出場資格を獲得した。2005年度の女子メジャー大会第1戦クラフト・ナビスコ選手権で予選を通過し、同年7月末の最終戦全英女子オープンでメジャー自己最高の11位に入った。6月末の「世界女子マッチプレー選手権」では3回戦まで進出している。

2005年10月に開かれた日本女子オープンゴルフ選手権競技において、感涙の公式戦初優勝を達成、史上最年少の20歳3ヶ月でのツアー通算10勝、並びに同大会史上最年少優勝も獲得した。この大会の最終日、2005年10月2日は“藍ちゃん人気”も手伝ってギャラリー数が史上初めて2万人を越え、また大会全体でも4万人の大観衆を集めた。この後も10月末の「樋口久子IDC大塚家具レディス」に勝ち、11月の「エリエールレディスオープン」大会2連覇も達成している。

米国LPGAツアーへの参戦を目指してツアー出場資格を懸けた最終予選会(2005年11月~12月・米フロリダ州デイトナビーチ)に出場。5日間90ホールの厳しい戦いを、トータル17アンダー、2位と12打差と圧勝、1位で2006年のLPGAツアーカードを取得。これらの数字は予選会が5日間となった昨年の1位ポーラ・クリーマーの11アンダーを上回り、また1973年に予選会の制度ができてからの2位との差の新記録である。2006年度はロサンゼルスを拠点に、米国ツアーを主戦場とする予定。

宮城県及び東北地方のブロック紙河北新報ではその活躍ぶりを宮城県関連のニュースとして報道されている。(出身高校の関係で。)

一見大きく見えるが、身長が意外にも155.3cmしかない。

同じ沖縄出身の元Folder5・AKINAと生年月日が同じ。
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