エルヴィス・エアロン・プレスリー
彼は最初、「The Hillbilly Cat(田舎者の猫)」という名前で歌手活動を始め、その後すぐに歌いながらヒップを揺らすその歌唱スタイルから「Elvis the Pelvis(骨盤のエルビス)」の愛称で呼ばれる。品位を欠くミュージシャンとして非難されたことでも知られる。アメリカのバラエティー番組『エド・サリバン・ショー』の出演の際には、視聴者の抗議を配慮した番組関係者が意図的にプレスリーの上半身だけを放送したというエピソードが伝えられている。
また、フロリダの演奏では体を動かすなとPTAだかYMCAだかに言われ、小指を動かして歌った。
プレスリーのレコードの売り上げは記録的で、それらが与えるインパクトは驚異的である。売り上げだけを見ると、他のレコーディング・アーティストの陰を薄くするほどである。
彼の持つ記録は様々あり、例えば、最も成功したソロ・アーティスト、最も長時間ナンバー1にエントリーさせたアーティスト(80週)、最多ヒットシングル記録(151回)、一日に売れたレコード枚数の最高、等がギネスによって認定されている。 CD/レコードの総売上は正確な数を把握できていないが、世界NO.1といわれている。
様々な記録を持つが面白い物では、最も真似のされるアーティスト、最も訪問される墓、等がある。
豆知識
1965年8月27日に、ロサンゼルスのエルヴィスの邸宅でエルヴィスとビートルズは一度きりの会見を果たす。ビートルズのマネージャーであるブライアン・エプスタインとエルヴィスのマネージャーであるパーカー大佐の間での極秘の打ち合わせという名目だったが、実際自宅周辺には野次馬が集まった。
エルヴィスは習いたてのベースを演奏し、ジョンとジョージはギター、ポールはピアノを演奏した。リンゴはドラムキットが無かったため演奏してはいない。そしてその会見に実際に立ち会ったという、記者クリス・ハッチンスによればジョンはエルヴィスのベトナム戦争に賛同する姿勢と、彼のマンネリ気味であった映画を痛烈に批判したということらしい。元々ビートルズ(特にジョン)を快く思っていなかったエルヴィスは激怒したとされる。しかし、この証言は当時の他の同席者達がそれぞれ微妙に食い違った証言をしていることから真実であるかは疑わしい。そしてなにより惜しい事は、当時音楽界に於いて最も注目すべきこの会見を録音したテープが存在しないことである。
ニュージーランドのタズマンベイ(湾)にはエルビス・プレスリーの横顔によく似た小島がある。
イギリスのロックバンドザ・スミスの1987年に発表したアルバム「ストレンジウェイズ・ヒア・ウィ・カム」のジャケットにはプレスリーが微笑んでる写真が使われている。また、シングルの「ショップリフターズ」のジャケットにもプレスリーの写真が使われている。


